レアやベイクド、バスクなどチーズケーキには色々な種類があります。本記事では日本で人気の高いチーズケーキの1つであるレアチーズケーキについて、いつ頃から日本で見られるようになり、どのように普及していったのか、その過程についてや「レアチーズケーキ」という名前の謎について、私が調べたことを紹介していきます。
レアチーズケーキとは何か?
レアチーズケーキの普及の過程を紹介する前に、そもそもレアチーズケーキとは何か?について紹介していこうと思います。
レアチーズケーキは焼かないチーズケーキの通称
レアチーズケーキとは非常に簡単に説明すれば焼かないチーズケーキです。チーズケーキにはおおむね2つのタイプが存在します。1つは材料を混ぜてオーブンで焼いて作るタイプ、もう1つは材料を混ぜて冷蔵庫で冷やして作るタイプです。このうち冷蔵庫で冷やして作るタイプが、一般的にレアチーズケーキと呼ばれます。
なぜ「レアチーズケーキ」と呼ばれているのか?
なぜ「レアチーズケーキ」と呼ばれるのでしょうか。結論からいえば、現時点ではその理由はわかりません。いくつか文献をたどってみたのですが「レア」と呼ばれる理由を説明したものを見つけることはできませんでした。おそらく誰かがつけた名前が自然に定着していったのではないかと考えています。
それでは「レアチーズケーキ」という呼び名についていくつか解説していきます。まず、レアチーズケーキという名前について、まずポイントをあげると以下のとおりになります。
- レアチーズケーキと呼び方は日本独自
- なぜ「レア」と呼ばれるようになったのかはわからない
「レアチーズケーキ」という呼び方は日本独自
まず「レアチーズケーキ」という呼び方を使うのは日本だけである可能性が高いです。海外にもゼラチンを使って冷やして固めるチーズケーキはありますが、“No bake cheesecake”や”gelatin cheesecake”といった呼び方をしています。
ではいったいなぜ日本は冷やして固めるタイプのチーズケーキを「レアチーズケーキ」と呼ぶようになったのでしょうか。
なぜ「レア」チーズケーキと呼ばれるようになったのかはわからない
繰り返しになりますが具体的な理由はわかりませんが、いくつか補足説明をできればと思います。
現時点でわかっているのは、1972年5月20日『non no』のなかで「レアチーズケーキ」という言葉が使われており、これよりも前の文献で「レアチーズケーキ」という言葉が使われた例は確認できていないということです。たとえば1956年7月に出版された『製菓製パン』にはゼラチンを使った焼かないチーズケーキのレシピが紹介されていますが「コールドチーズケーキ」という名前で紹介されています。
そして繰り返しになりますが、1972年5月20日の『non no』で「レアチーズケーキ」という言葉が登場します。ただし「レア」と命名した理由についての記載はありませんでした。
なぜ「レアチーズケーキ」という名前が現れ、定着したのでしょうか。これは筆者の推測ですが「レアチーズケーキ」という言葉は、焼くタイプのチーズケーキと区別するわかりやすい呼び名として自然発生的に使われるようになったのではないでしょうか。1970年代は第一次チーズケーキブームとされています。チーズケーキの注目度が上がり、様々なメディアで紹介されるなか、メディア関係者も読者もチーズケーキに対する理解が深まり、焼くチーズケーキも焼かないチーズケーキもすべて「チーズケーキ」と呼ぶことに違和感を持ち始めた。そこでチーズケーキを分類するわかりやすい言葉として「レア」をつけるようになったのではないでしょうか。レアチーズケーキという呼び方にはそのような経緯があると考えています。
肉のレアとも違う、レアチーズケーキの不思議
それにしてもなぜ「レア」という不思議な呼び方が定着したのでしょうか。「レアチーズケーキ」は厳密には「レア」ではありません。肉の焼き加減における「レア」は生焼けの部分が残る焼き加減を指します。つまり焼いているのです。しかし「レアチーズケーキ」は焼いていません。完全に生です。ゆえに焼き加減を指す単語を使う必要はないはずです。むしろ「生」や、生を表す「row」を使っても良かったはず。どうして「レア」という呼び方をし、それが定着したのでしょうか。この謎については今後の調査で明らかにできればと思います。
ちなみに「生」という言葉は現在、焼いたチーズケーキに使われることがあります。たとえば「とろ生チーズケーキ」「生食感チーズケーキ」といった具合に。ただしこれらはレアではなく、いわゆるベイクドタイプのチーズケーキです。焼いたチーズケーキが「生」と呼ばれ、焼かないチーズケーキが「レア」と呼ばれることがあるのです。焼いているのに「生」、焼いていないのに「レア」といったつっこみどころがある呼び方をすることで、話題性を高めようとしているのかもしれません。
レアチーズケーキ(焼かないチーズケーキ)はいつ頃から日本にあったか?
続いては焼かないチーズケーキ(いわゆるレアチーズケーキ)がいつ頃から日本にあるのか。現時点でわかる情報を紹介していきます。
1946年、ドイツ料理屋のケテルが焼かないチーズケーキを販売する
焼かないチーズケーキをいち早く店で提供したと考えられるのが「ケテル」という銀座に存在したドイツ料理屋です。1980年4月24日の『女性自身』によれば「ケテル」では1946年に焼いたチーズケーキと焼かないチーズケーキの2つを提供したそうです。ケテルは現在閉店しています。
前述の『女性自身』には両方のチーズケーキの写真が掲載されています。焼かないチーズケーキは「レアチーズケーキ」という名前で紹介されています。ただし当時から同じ名前で提供していたかどうかはわかりません。
これよりも前に焼かないタイプのチーズケーキが存在した可能性はありますが、記録は現時点では見つけられていません。ちなみに焼くタイプのチーズケーキについても、店で販売したものに関しては、ケテルがもっとも早かった可能性があります。
1956年7月、『製菓製パン』で焼かないチーズケーキのレシピが紹介される
現在一般的に見られるゼラチンを焼かないチーズケーキのレシピは、1956年7月の製菓事業者向けの雑誌『製菓製パン』のなかで登場しています。「レア」という言葉は使われておらず「コールドチーズケーキ」という名前で紹介されています。
1965年、トップス(Top’s)が焼かないチーズケーキを販売
1965年には洋食屋のトップス(Top’s)が焼かないチーズケーキを販売したとされています(「バスク」で人気再燃 チーズケーキと五輪に深い縁? – NIKKEI STYLE)。この記事では「レアチーズケーキ」と記載されていますが、1965年の発売当初から「レアチーズケーキ」という商品名だったかどうかは、先の記事から知ることはできません(当ブログで紹介したトップスのチーズケーキ)。
1972年5月20日『non no』で「レアチーズケーキ」という言葉が登場する
1972年5月20日『non no』のなかで「レアチーズケーキ」という言葉が使われるようになります。同誌では、当時存在した洋菓子屋のケーキがいくつか紹介されているのですが、その中でクローバーとトップスのチーズケーキに「レアチーズケーキ」という名前が付けられて紹介されています。店頭の実際の商品名を付けたのか、それとも雑誌側がわかりやすい名前を勝手につけたのかはわかりません。その後「レアチーズケーキ」という名前のチーズケーキは、様々な雑誌で見られるようになります。
1976年、週刊誌で焼かないチーズケーキのレシピが紹介される
事業者向けの雑誌である『製菓製パン』ではレアチーズケーキのレシピが紹介されたことがありましたが、家庭向けのレシピが紹介されるようになったのは、1976年9月の『婦人倶楽部』のなかです。「レアチーズケーキ」という名前で、焼かないチーズケーキのレシピが紹介されます。家庭にも焼かないチーズケーキが普及した瞬間であるといえます。
ちなみにこの雑誌で掲載されているレアチーズケーキのレシピは、ゼラチンは使っていません。クリームチーズ、カッテージチーズなどを使って冷やして固めています。
1979年、レアチーズケーキミックスが販売される
1979年8月5日の『サンデー毎日』には、日清製粉がチーズケーキミックスとなる「クールン」という商品を販売したことが紹介されています。「クールン」は、牛乳を加えて冷やすだけでレアチーズケーキが簡単に作れるミックス粉です。当時とデザインやフレーバーは違うようですが、現在でも販売されています。
日清製粉のチーズケーキクールンは、初の国産チーズケーキミックスだったそうです。海外では1960年代にすでに焼かないタイプのチーズケーキミックスが存在していることがわかります。1968年3月の『ブレーン8』には、チーズケーキミックスのCMが賞を取ったことが紹介されています。
チーズケーキミックスの登場は、洋菓子屋やレストランで食べられる特別なデザートであったチーズケーキが、家庭でも簡単に作ることができ、誰もが手軽に食べられるようになった瞬間であるといえいます。チーズケーキの大衆化の瞬間といえるかもしれません。
1979年5月、チーズケーキのレシピをまとめた家庭向けレシピ本が出版される
チーズケーキミックスの登場とほぼ同時期に、様々な種類のチーズケーキのレシピを掲載した家庭向けのレシピ本『チーズケーキとタルトレット 』(安井寿一)が出版されます。この本には現在でいうところのベイクドチーズケーキ(この本ではベイクドという言葉は使われていない)やレアチーズケーキ、スフレチーズケーキのレシピがまとめられています。また業者向けのレシピではなく、手近な材料と切りのいい分量で使った、家庭向けのレシピが掲載されています。チーズケーキに焦点を当てたレシピ本のなかでレアチーズケーキが紹介されたことは、レアチーズケーキがチーズケーキの一種として、ケーキの1種として認知されていることの証拠でもあります。
そして現在、レアチーズケーキは家で簡単に作れるのはもちろんのこと、コンビニ、スーパー、カフェ、レストラン、ケーキ屋のあらゆる場所で見られるケーキの1つになっています。
世界の焼かないチーズケーキ(レアチーズケーキ)
世界で見られるレアチーズケーキ(焼かないチーズケーキ)を少し紹介できればと思います。
パスハ – Paskha(ロシアなど)
「パスハ(Paskha)」は、ロシア正教においてイースターのときに食べる乳製品を使ったケーキです。1980年4月24日『女性自身』にはこのケーキが紹介されており、現存するチーズケーキの中で、もっとも歴史が古いと述べています。
現存するチーズケーキの最も古い物はロシアの「パスハ」と呼ばれる祝い菓子のようです。これは約千年以上前から続いているロシア最大のお祭り「復活際」と縁の深いお菓子で、この伝統からみて「パスハ」は現役最年長のチーズケーキといえそうです。
「パスハ(Paskha)」はカッテージチーズやホイップクリーム、砂糖、卵白などをまぜ、特殊な方に流し込み、水切りしたケーキです。日本ではまず見られない独特のレアチーズケーキですが、正教会が信仰されているエリアでは割とポピュラーなケーキのようです。”Paskha”や”творожная пасха”(カッテージチーズのイースターの意味)」などの言葉で検索すると、歴史や文化を解説したWEBページやレシピを解説したYouTube動画がたくさんみつかります。日本語のWikipediaのページもあり、実際のパスハの写真も確認できます(パスハ (菓子) – Wikipedia)。
クレメ・ダンジュー – Crémet d’Anjou(フランス)
クレメ・ダンジュー(Crémet d’Anjou)ではフランスのアンジュ地方という場所で1900年頃に誕生したチーズ菓子です。フロマージュブランというフレッシュタイプのチーズに、生クリームや卵白を混ぜ、水分を抜いて固めて作ります。日本でもコンビニやスーパー、洋菓子屋で販売されるほどポピュラーです。またこのタイプのレアチーズケーキの中にフランボワーズソースを仕込みませたスポンジケーキを入れたお菓子は「クレーム・アンジュ(crème anjou)」と呼ばれており、日本のシェフである島田進さんが考案したとされています。
クレメ・ダンジューについては以下のページでさらに詳しく解説しています。
クレメ・ダンジューとは何か?|特徴、歴史、クレーム・ダンジュなどの呼び方の違いなど徹底的に解説 – チーズケーキ通信
カッサータ – cassata(イタリア)
イタリアのシチリアで誕生したチーズを使ったケーキです。リコッタ(チーズ生成過程で生じた乳清(ホエー)を再加熱して作った乳製品)をベースに、マジパンなどで装飾したケーキで、焼く工程がない、いわゆるレアチーズケーキです。日本ではリコッタをベースに、ドライフルーツやナッツを混ぜたアイスケーキとして普及しています。この日本で一般的なカッサータと、海外のカッサータは形が違っているようですが、どちらも焼かないチーズケーキであることは変わりません。ちなみにリコッタは牛乳を使わないので法令上はチーズではなく乳製品とされています。そのためこのケーキをチーズケーキの一種とするかは微妙なところです。
参考:カッサータとは何か? その歴史と特徴、日本と海外のカッサータの違いについて
ティラミス – Tiramisù(ティラミス)
ティラミスはチーズケーキと別のお菓子であると考える方が多いですが、ティラミスはマスカルポーネというチーズを使ったケーキ状の食べ物であり、チーズケーキの1種であると考えることができます。実際、イタリアのチーズケーキとして紹介されることもあります。
さてこのティラミスですが、マスカルポーネや卵黄などを混ぜて冷やして作る菓子でもあります。焼いていないという意味ではレアチーズケーキの1種といえるでしょうか。
レアチーズケーキは日本発祥なのか?
時々「レアチーズケーキは日本発祥」という説を見かけることがあります。これは本当なのでしょうか。結論からいえば、焼かないチーズケーキは日本発祥ではありません。一方で「レアチーズケーキ」という言葉は日本発祥の可能性が高いです。
「レアチーズケーキ」という言葉は日本発祥か
まず「レアチーズケーキ」という呼び方は日本発祥といってよさそうです。前述のとおり、冷やして固めてつくるチーズケーキをレアチーズケーキと呼んでいるのは日本だけで、海外では「no bake cheesecake」「geltin cheesecake」などで呼ばれています。
また「rare cheesecake」を検索してみると、ほぼ日本のチーズケーキが表示されます。チーズケーキに「レア」という言葉を使うのは日本だけであり、日本発であると考えても良さそうです。
焼かないチーズケーキは海外のほうが早い
一方で冷やして固めるチーズケーキについては海外における歴史のほうがはるかに長いと考えられます。たとえば、ロシア正教においてイースターのときに食べる乳製品を使ったケーキである「パスハ(Paskha)」は、カッテージチーズを使うので、レアチーズケーキの一種だと考えることができるのですが、このパスハは18世紀にはすでに存在したとされています。そのため焼かないタイプのチーズケーキの発祥は、日本以外にあると考えられます。
余談ですが日本のレアチーズケーキは、ロシア正教においてイースターのときに食べる乳製品を使ったケーキである「パスハ(Paskha)」が原型になっているのではないかという説があります(お菓子の由来物語 猫井登)。「パスハ」はロシア正教徒のイースターを指す言葉なのですが、この時に食べられる乳製品を使ったケーキが「パスハ(Paskha)」と呼ばれています。復活祭の時に「パスハ」を食べるのは、ロシア正教徒の風習です(世界の食文化〈19〉ロシア)。ただしパスハと日本のレアチーズケーキではレシピが大きく異なっています。形も決して似ているとはいえません。
※カッテージチーズのイースター「パスハ」の歴史。18世紀にはカッテージチーズを使ったバージョンが生まれている
https://kedem.ru/various/tvorozhnaya-paskha-i-eyo-znachenie
なぜレアチーズケーキは日本で普及したのか?
レアチーズケーキは現在、ケーキ屋のみならずコンビニやカフェ、スーパーなどでも簡単に見つけることができるほど日本に普及しています。なぜレアチーズケーキはこれほど日本に普及したのでしょうか。その一因として考えられるのは、レアチーズケーキが比較的作るのが簡単だったことにあると考えています。
日本でチーズケーキが一般的になるのは1970年代だとされています。この頃チーズケーキは、チーズ及び、チーズを使ったピザなどの料理といっしょに普及していきました。生活誌、ファッション誌でチーズケーキを提供するお店が特集されると同時に、家庭向けの簡易なレシピが紹介されチーズケーキは一大ブームに。一過性ブームで終わることなく、洋菓子として現在でもケーキ屋やコンビニに並んでいます。
このように普及した理由として考えられるのは、作るのが簡単なことです。特にレアチーズケーキは、材料を混ぜて型に流し込み、冷蔵庫で冷やすだけで作れます。また失敗しにくく、レシピどおりに作ればおいしいく、さらにアレンジの幅も広いといった特徴もあり、カフェやレストランなどのデザートとしてはもちろん、家庭でのお菓子作りにも選ばれることが多かったのではないでしょうか。これによりチーズケーキは一過性ブームで終わることなく、現在いたるまで人気ケーキとして存在し続けている、そのように考えています。
おわりに
以上、レアチーズケーキについて現在わかることを紹介してきました。焼かないタイプのチーズケーキは日本以外にもたくさんあるようです。一方で、まだ断定ができるほど調査はできていませんが、日本で一般的に見られるクリームチーズ、ヨーグルト、生クリーム、ゼラチンを混ぜて、冷やして固めてつくる「レアチーズケーキ」という食べ物は日本独自の可能性があります。というのもこのタイプのケーキが”Japanese style rare (no-bake) cheesecake”と紹介している記事を見つけたからです(https://www.japancentre.com/en/recipe/1419-japanese-style-rare-no-bake-cheesecake?srsltid=AfmBOooiLWQ_TS5dLDSoiiGPR2DOp9hoKd1GzeRf33pehsuMHcB0gzr2)。現在日本で見られるゼラチンやヨーグルトを使って作るレアチーズケーキは、ショートケーキと同じく”洋”の材料を使って日本で誕生した”洋菓子”の可能性があります。今後もレアチーズケーキについて調査を進め、その実態を探っていければと思います。