「チーズケーキは、チーズケーキという名前なのにあまりチーズの味がしない」そんなふうに感じたことはないでしょうか。
これまでたくさんチーズケーキを食べてきた私も感じることです。しかもこれはスーパーの菓子パンコーナーになる安価なチーズケーキに限った話ではありません。パティスリーと呼ばれる洋菓子屋のチーズケーキも、チーズ感が弱かったりします。もちろんチーズケーキのなかにはしっかりチーズの味を感じられるものもたくさんあります。しかし多くのチーズケーキはチーズの味や風味は弱いか、ほとんどしません。
もちろんそれが悪いわけではありません。後述しますが、チーズケーキの魅力はチーズ感を楽しめるか否かにあるわけではありません。だからチーズの味なんて別に弱くてもいいのです。
それはさておき、チーズケーキは「チーズのケーキ」という呼び名でありながら、どうしてチーズの風味があまり感じられないのでしょうか。
なぜチーズケーキの多くはチーズの味がしないのか?
理由は主に2つあると考えています。1つはチーズケーキにはチーズ以外の材料が多く使われているからです。もう1つはチーズケーキの主原料であるクリームチーズが、他のチーズに比べてチーズ感が弱いからです。
チーズ以外の乳製品が多く使われている
チーズケーキには、チーズ以外にも生クリームやサワークリーム、ヨーグルト、卵、砂糖など様々な材料が使われます。主原料はもちろんチーズなのですが、全体でみればチーズ以外の材料が多くなります。他の乳製品がクリームチーズよりも多くなる場合もあります。
クリームチーズのチーズ感の弱さ
チーズの味がしない理由はもう1つあります。チーズケーキによく使われるチーズはクリームチーズというタイプのものなのですが、このクリームチーズは普段食べるとろけるタイプのチーズやカマンベール、ゴルゴンゾーラなどに比べて、塩味や臭み、クセが弱いものです。
クリームチーズを単体で食べるとしっかり塩味とコクがあり、いかにもチーズの味です。しかしサワークリームや生クリーム、卵などの材料と混ぜるとそのチーズっぽさは弱くなります。
チーズケーキにはチーズ以外の材料が多く使われること、そしてチーズケーキに使われるクリームチーズがそもそもあまりチーズ感がないこと、この2つの理由によってチーズケーキという名前なのにチーズの味があまり感じられないケーキとなっています。
もちろんすべてのチーズケーキがチーズの味が弱いわけではありません。なかにはカマンベールチーズやゴルゴンゾーラなどの主張が強いチーズを使うことで、チーズの風味を強くしているチーズケーキも存在します。
たとえばチーズソムリエがシェフを務めているパティスリールラピュタのチーズケーキは、シンプルながらチーズの味がはっきり感じられます。
ただし、こういったチーズケーキはどちらかといえば少数派です。チーズケーキの多くは、チーズの味、風味が弱めです。しかしそれが悪いかといえばそうではありません。チーズケーキの魅力は決してチーズの存在感を楽しめることにあるわけではないからです。
チーズケーキの最大の魅力とは?
チーズケーキは別にチーズ感がなくてもいい
時々、チーズの味がするかしないかで、チーズケーキの良し悪しを判断する人がいます。しかしチーズ感が強いか否かは、チーズケーキの良し悪しには一切関係がありません。なぜなら現在のチーズケーキは、チーズの味を楽しむためだけのものではないからです。
ではチーズケーキとは何なのでしょうか。
あらゆる乳製品のブレンドによって生まれる味、風味、食感を楽しむケーキ
チーズケーキとは、あらゆる乳製品の融合によって創られる新しい味や風味、食感を楽しむためのケーキなのではないでしょうか。たとえるならブレンドコーヒーを楽しむような。ブレンドコーヒーは、産地や煎り具合が違う豆を混ぜ合わせて、独自のコーヒーを表現するものです。コーヒーを飲む人は喫茶店の店主が作る独自のブレンドコーヒーを楽しみます。
チーズケーキも同じです。チーズケーキにはチーズ以外にもサワークリームや生クリームなどの乳製品が使われます。またチーズの種類を増やす場合もあります。ゴルゴンゾーラやカマンベール、ラクレット、ミモレット、パルミジャーノレジャーノ、ブリー、ロックフォールなどの熟成タイプのチーズが使われることがあります。これほど多くの乳製品を組み合わせる食べ物は他にはないのではというほどに。
そしてチーズケーキの魅力もこの点にあるのではないでしょうか。つまりチーズケーキは、チーズの味を楽しむためだけではなく、あらゆる乳製品の組み合わせが創る魅力的な味を楽しむためのケーキなのです。
チーズケーキは西洋料理の思想を体現している
チーズケーキは様々な乳製品の配合が創り出す、魅力的な味を楽しむケーキといえます。そしてこれは西洋料理の価値観を体現しているともいえます。食文化研究者の石毛直道は『世界の食べもの――食の文化地理』のなかで、料理について次のように述べています。
西ヨーロッパや中国の料理に関する思想には、料理とは、そのままでは食べられないものを技術をくわえることによって食べられるものに変化させることであるとか、料理とは自然には存在しない味を創造することである、といった主張がつよいようである。
石毛直道『世界の食べもの――食の文化地理』
材料を組み合わせ、技術を組み合わせることで、味を創造すること。チーズケーキは西洋料理の料理思想の体現者でもあるのです。
チーズの味がしないチーズケーキがあるからといって、それが偽物のチーズケーキというわけではありません。また逆にチーズの味が濃いからといってそれが本物とか、すぐれたチーズケーキというわけでもありません。チーズケーキの最大の魅力は、あらゆる乳製品の融合が織りなす味、風味、食感を楽しむことにあります。チーズケーキを食べる意義、あるいはチーズケーキの楽しさは、まさにここにあります。
それにしてもチーズケーキは不思議な食べ物です。チーズケーキの大半を構成すあらゆる乳製品は、もとをたどれば生乳です。元は牛乳であったものを、あらゆる種類の乳製品に加工し、それをまた結合させるという、分解と融合の末に生み出されたケーキです。その意味では非常に人間的です。ここにもチーズケーキの魅力があります。